蓮

蓮は、泥の中から伸びて、泥に染まらずに咲く花として読まれてきた。濁った池の底に根を張り、水面の上にまっすぐ茎を立てて、清らかな花を開く。仏教では悟りの花とされ、極楽の池に咲き、仏が座る台にもなった。夢に蓮が咲いたのは、いまの苦しさや迷いの中から、自分の心がひとつ開いていく知らせ。お寺やお盆の印象から縁起を気にされることもあるが、蓮はもともと、花のなかでいちばん尊い花とされてきた。
蓮の夢
夢占いでは、蓮の夢は吉夢とされることが多い。表しているのは、心の清らかさ、苦労のあとの開花、精神的な成長、そして守られていること。
読み分けの鍵は、花がどこまで開いていたかと、水がどんな様子だったか。蕾なら、まだ力をためている途中。満開なら、いま報われる時期。水が濁っていても、花が美しく咲いていたなら、それは泥の中から咲く蓮そのものの夢で、むしろ喜んでいい。水の清濁そのものの読みは → 水
蓮の花が咲く・開く夢
蓮の夢のなかでいちばんの吉夢。長く続いた我慢や努力が、ようやく形になる。目の前で花びらがゆっくり開いていったなら、閉じていた気持ちが自分でもほどけていく時期。
蓮の蕾の夢
これから開くものの夢。計画や恋が、水面の下で育っている。焦らずに待っていい。蕾が水面から顔を出していたなら、もう近い。
蓮池の夢・一面の蓮の夢
池一面に蓮が咲く夢は、心が満たされ、穏やかな日々が続く夢。極楽の池を思わせる景色で、自分も周りも守られている。池のほとりで誰かと並んで眺めていたなら、その人との縁は深い(下の「一蓮托生」)。
泥の中から蓮が咲く夢
蓮の夢の本体といっていい夢。いまつらい環境にいても、そこから自分の花を咲かせられる。泥が深いほど、咲く花は大きいと受け取っていい。
蓮の花をもらう・摘む夢
人からもらったなら、誰かの好意や助けが届く。自分で摘んだなら、自分の手で望みを叶える夢。
蓮の上に座る・乗る夢
蓮の花の上に座る夢は、仏の蓮台を思わせる、格の高い夢。自分の立つ場所が定まり、気持ちが落ち着く。蓮の上に亡くなった人が座っていたなら、その人が安らかでいることの知らせ。→ 亡くなった人
蓮の葉の夢・葉の上の露の夢
大きな蓮の葉は、自分を包んで守ってくれるもの。葉の上を転がる露の玉がきらきら光っていたなら、小さな喜びが続く。
枯れた蓮・花が散る夢
ひとつの時期が終わる夢。蓮の花は四日ほどで散り、そのあとに実を結ぶ(下の「現実で蓮に出会ったとき」)。花びらが散ったあとに花托が残っていたなら、終わったことが次の実りにつながっていく。
れんこんを食べる夢
先の見通しが明るくなる夢。れんこんの穴は「先を見通す」縁起とされる(下の「日本の縁起」)。迷っていたことに、筋道が見えてくる。
蓮の色や形で読む
- 白い蓮:蓮のなかでもいちばん清らかな花。心が澄んでいく夢で、法華経の題にある蓮も白い蓮(下の「仏教の蓮」)。→ 白
- 紅・ピンクの蓮:愛情と、温かい縁の夢。→ 赤
- 青い蓮・紫の蓮:静かな知恵、深く考える時期。→ 青、紫
- 黄色い蓮:明るく開ける運。→ 黄色
- 双頭蓮:一本の茎に二つの花がつく蓮。めったに咲かない吉兆の花で、中国では夫婦円満のしるしとされてきた。『日本書紀』にも、舒明天皇7年(635年)に剣池で一つの茎に二つの花をつけた「瑞蓮」が生えた、と記されている。夢に見たなら、二人の縁が実る知らせ
仏教の蓮
- 泥に染まらない花:法華経の従地涌出品に「世間の法に染まざること、蓮華の水に在るが如し」とある。濁った世の中にいても心は濁らない、そのたとえが蓮
- 妙法蓮華経:法華経の正式の題。もとのサンスクリットでは「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」で、プンダリーカは白い蓮華、スートラは経のこと。406年に鳩摩羅什が「妙法蓮華経」と訳した
- 極楽の蓮池:阿弥陀経は、極楽の池に車輪ほどの大きさの蓮が咲き、「青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光」、青い花は青く、黄色い花は黄色く光る、と説く。どの花もそれぞれの色のままで光っている
- 蓮台:仏や菩薩が座る、蓮の花の形の台
- 一蓮托生:もとは、死後に極楽で同じ蓮の花の上に生まれること。そこから、どんな結果になっても行動や運命を共にする、という意味になった
現実で蓮に出会ったとき
- 蓮の花を見に行く:蓮は夜明けから朝のうちに開き、昼には閉じる。これを繰り返して、四日目には散る。一日目は徳利の形に少し開くだけで、いちばん美しく開くのは二日目の朝とされる。見に行くなら朝早くに
- 大賀ハスを見る:1951年、千葉市の検見川の地下から、約2000年前の蓮の実が掘り出された。芽を出させて育てると、翌年の夏に花が咲いた。この「大賀ハス」は各地に株分けされて、今も夏ごとに咲いている
- 象鼻杯:蓮の葉にお酒を注ぎ、葉と茎のつなぎ目に開けた穴から、茎を通して飲む。茎の曲がる形が象の鼻に似ることからの名で、中国の魏の時代に暑気払いとして始まったとされる。日本でも夏の蓮園の催しとして続いている
- お盆の蓮:蓮の花の見頃は7月から8月の初め。お盆には精霊棚に蓮の花や花托を飾り、蓮の葉に供え物を載せる土地もある。→ 亡くなった人、墓
日本の縁起
- 蓮は縁起が悪い?:お寺やお盆、仏事で目にすることが多く、「あの世の花」という印象から縁起を気にする人がいる。けれど蓮は、仏が座り、極楽に咲く花。清らかさと再生の花として、本来は最上の花とされてきた
- れんこん:穴が開いていて向こうが見えることから「先の見通しがきく」とされ、おせち料理に入る縁起物。蓮は種が多いことから、子孫繁栄の願いも込められる
- 蓮の葉の露:古今和歌集に、僧正遍昭の「はちす葉のにごりにしまぬ心もて なにかは露を玉とあざむく」がある。濁りに染まらない心を持ちながら、なぜ葉の上の露を玉のように見せて人を欺くのか、と、蓮の露の美しさを詠んだ歌
- 寺と蓮:仏像の台座、仏具、お寺の池。蓮はお寺の中の至るところにある
タロットの蓮
ウェイト版には、蓮そのものを描いた札は無い。いちばん近いのは、小アルカナの一枚。
- カップのエース:雲から出た手が杯を捧げ持ち、あふれた水が下の水面へ落ちている。その水面に睡蓮が咲く。あふれる心と愛情の始まりの札。→ 水
読みが重なる大アルカナは二枚。
- 節制:天使が片足を池の水に、片足を岸に置いて、二つの杯のあいだで水を移している。岸には花が咲き、奥の山へ道が続く。混ざり合い、整っていく札で、泥と水と花がひとつの池に収まっている蓮池の夢と同じ調和を描いている
- 星:星空の下、女性が片膝を岸につき、片足を池の水に置いて、池と大地に水を注いでいる。希望と癒しの札。泥の中から咲く蓮の夢を見た日にこの札が出たなら、苦しい時期のあとに来る回復がそのまま重なる
世界の象徴としての蓮
- 愛蓮説(中国):宋の周敦頤は、蓮を「泥から出て泥に染まらず、清いさざ波に洗われても艶めかない」と書き、花のなかの君子とした
- インドの蓮:富と幸運の女神ラクシュミーは、開いた蓮の上に座り、手にも蓮を持つ。創造の神ブラフマーは、ヴィシュヌのへそから伸びた蓮の花の上に生まれたとされる。→ お金
- エジプトの青い睡蓮:夜に花を閉じ、朝にまた開く青い睡蓮は、太陽の再生と重ねられた。はじめの水から咲いた花から、幼い太陽の神が生まれたとも語られる。→ 太陽
エジプトの人々が太陽の再生を見た青い睡蓮も、池の蓮も、朝ごとに開き直す。二千年を泥の中で眠っていた大賀ハスの実も、水を得て、翌年の夏に花を開いた。夢の中の蓮が蕾のままでも、その花は、朝を待って開きかけている。

関連する項目
今日の一枚
大アルカナから一枚。
