太陽

太陽は、沈んでも隠れても、かならずまた昇ってくる光として読まれてきた。命の力、成功、隠しごとのない明るさ。夢の太陽がどの高さにあり、どれだけ明るかったかは、いま自分の力がどのくらい表に出ているかを映す。日本では、太陽は天照大御神であり、人が見ていなくても見ている「お天道様」であり、一年のはじめに手を合わせる初日の出でもある。
太陽の夢
太陽の夢は、夢占いのなかでも吉夢とされることが多い。表しているのは、生命力、仕事や人生の成功、健康、そして自分を照らしてくれる大きな存在。
読み分けの鍵は、太陽の高さ。昇ってくるところか、真上にあるか、沈んでいくところか。夢の中の時刻が、そのまま物ごとの時期になる。もうひとつは光の受け方で、ぽかぽかと心地よかったか、眩しくて目を開けていられなかったか。同じ光でも、受け止められる量かどうかで読みが変わる。
朝日・日の出の夢
太陽の夢のなかで、いちばんの吉夢。ここから先は日が高くなるように勢いが増し、行く手が明るくなっていく。長く続いた暗い時期のあとにこの夢を見たなら、夜明けはもう来ている。海から昇る朝日なら気持ちの深いところから、山の端から昇る朝日なら積み上げてきた努力の先から、新しいものが始まる。→ 海、山
初日の出を見る夢は、一年の区切りの夢。年のはじめでなくても、自分の中で何かを新しく始める時期に来ている。
太陽の光を浴びる夢・大きな太陽の夢
真上から光を浴びていたなら、自分に光が当たる時期。努力が人の目に留まり、認められる。大きな太陽、手が届きそうに近い太陽は、力が満ちてきている夢で、近いほどその力は自分の手の中にある。
眩しすぎる太陽の夢
目を開けていられないほど眩しい太陽は、期待や重圧を受けすぎている夢。明るいものに照らされているのに、休む日陰が見つからない。夢の中で目を細めていたなら、少し光から離れる時間を持っていい。
夕日・太陽が沈む夢
夕日は、ひとつのことをやり終えた夢。綺麗な夕日に見とれていたなら、区切りを満ち足りた気持ちで迎えられる。真っ赤な夕日、大きな夕日は → 赤
沈みきって暗くなる夢は、運気がいったん下りに入る知らせとされる。ただ、沈んだ太陽は、翌朝に東から昇る。沈む夢のあとは、力を貯める夜にしていい。
太陽が雲に隠れる夢・夜なのに太陽が出ている夢
雲に隠れる太陽は、自分の力が一時さえぎられている夢。雲の切れ間から光が差してきたなら、その陰りは長く続かない。
夜空に太陽が出ている夢は、ふつうなら見えない時間に光がある夢。人に見えないところで、力が働きはじめている。
日食の夢
太陽が欠けて空が暗くなる夢は、望みがいったん遮られる夢とされる。けれど日食は、月が太陽の前を横切るあいだだけのこと。夢の中で光が戻ってきたなら、遮っていたものは通り過ぎていく。天照大御神が岩戸に隠れて世が暗くなった話(下の「日本の縁起」)と、同じ像をもつ夢でもある。
太陽が二つある・いくつもある夢
空に太陽が二つ、三つと並ぶ夢は、心が一つに定まっていない夢。どちらも大事に見える目標、どちらも頼りたい人。昔の中国には、十の太陽が一度に昇って地が焼け、弓の名人の羿が九つを射落とした、という話がある(下の「世界の象徴」)。一つを選べば、空は落ち着く。
赤い太陽・黒い太陽・白い太陽の夢
赤い太陽は、情熱が高まっている夢。→ 赤。黒い太陽は、人との行き違いや、疲れがたまっている知らせとされる。→ 黒。白く弱い光の太陽は、力が落ちている時期で、無理をせず整える夢。→ 白
太陽が落ちる・爆発する夢
太陽が落ちてくる夢は、頼りにしてきた大きなものが形を変える知らせ。爆発する夢は、夢占いでは力が一度にあふれ出す夢とされる。怖さより高揚が残ったなら、抑えていたものを外に出していい時期。
太陽が体に入る夢
太陽を飲む、太陽が懐に入る夢は、大きな力を授かる夢。豊臣秀吉の母は、日輪が懐に入る夢を見て秀吉を身ごもったと伝えられる。→ 妊娠
太陽と月が一緒に出る夢
→ 月
現実で太陽に出会ったとき
- 初日の出を拝む:元日の最初の日の出を拝み、その年の願いや決意を祈る。初日の出とともに年神様がやって来る、とも言われる。下の「日本の縁起」
- 太陽のまわりに光の輪が出た:日暈(ひがさ)、ハロとも呼ぶ。「日暈、月暈は雨の前触れ」と言われてきた。スピリチュアルでは、光に囲まれる守りのしるしと読まれる。→ 雨
- 太陽が二つに見えた:太陽と同じ高さの左右に、もう一つの太陽のような光が出ることがある。幻日という。太陽が二つある夢を見たあとに出会ったなら、夢と空が同じ形を見せている
- 晴れているのに雨が降った:狐の嫁入り。→ 雨、狐
日本の縁起
- 天照大御神と天岩戸:『古事記』で、弟の須佐之男命の乱暴に心を痛めた天照大御神は、天の石屋に籠もって戸を閉ざした。高天原も地上も闇になり、あらゆる災いが起こる。八百万の神は天の安の河原に集まり、思金神の策で、長鳴鳥を鳴かせ、鏡と勾玉を作り、天宇受売命が岩戸の前で神懸かりして踊ると、神々はどっと笑った。不思議に思った天照大御神が戸を細く開けて外を問うと、あなたより尊い神がいるから喜んでいる、と答えが返り、差し出された鏡に映る姿をよく見ようと身を乗り出したところを、天手力男神が手を取って引き出した。布刀玉命が後ろに縄を張って、もう戻れないようにすると、高天原も地上も明るくなった。→ 鏡、神様
- 天照大御神の誕生:黄泉の国から戻ったイザナギが禊をし、左目を洗ったときに生まれた。右目からは月読命。→ 月
- お天道様:もとは天地を治める神のことで、そこから太陽を敬って親しみをこめて呼ぶ言葉になった。「お天道様が見ている」は、人が見ていなくても、空の上からは見えている、ということ
- 初日の出:元日の未明、天皇が天地四方を拝む宮中の四方拝が始まりとされ、それが庶民に伝わって、昇る日を拝むようになった。江戸では愛宕山や湯島が名所で、全国に広まったのは明治以降と言われる
- 太陽の烏:中国の古い書物『淮南子』には、太陽の中に烏がいると書かれている。熊野の八咫烏と、太陽の図案の話は → カラス
タロットの太陽
大アルカナの19番、太陽。ウェイト版の絵柄は、空いっぱいに顔をもつ大きな太陽が、まっすぐな光と波打つ光を交互に放っている。その下の石の塀の上にひまわりが咲き、塀の手前を、裸の子どもが白い馬にまたがって、赤い旗を大きく掲げながら進んでくる。白い馬は → 白、馬
ウェイトはこの札に、果てしなく続く人の列の先に立つ聖なる光と、塀に囲まれた感覚の庭から出て、家へ帰っていく旅を見た。この世を照らす太陽の光から、その先にある光へ渡っていく旅で、その先の光を表すのが、子どもの心だという。そしてこの太陽を「映した光」ではなく「じかの光」だとした。ひとつ前の18番の 月 が、太陽の光を借りて夜を照らす札だったのに対して、この札の光は、もう誰からも借りていない。
太陽の夢を見た朝にこの札が出たなら、夢と札が同じ明るさを見ている。子どもが何も身につけずに馬に乗っているように、いまは飾らずに、思ったとおりに進んでいい。
世界の象徴としての太陽
- ラー:古代エジプトの太陽神。朝はスカラベの姿のケプリとして昇り、昼はハヤブサの頭で空を渡り、夜は雄羊の頭の姿になって冥界を旅し、次の朝また昇る。太陽は、毎晩死んで毎朝生まれるもの。→ 金色
- アポロン:ギリシャ神話の光と音楽、予言の神。デルポイで神託を授けた。のちの時代に、太陽神ヘリオスと重ねて太陽の神として語られるようになった
- 羿と十の太陽:中国の伝えで、堯の時代に十の太陽が一度に空に並び、草木も作物も焼けた。弓の名人の羿が九つを射落とし、空には一つの太陽だけが残った。羿の妻が不死の薬を持って月へ昇った話は → 月
天の石屋の前で神々がしたのは、鳥を鳴かせ、鏡を作り、踊って、大声で笑うことだった。閉じこもった光を外へ呼び戻したのは、力ずくの前に、楽しそうな騒ぎのほうだった。夢の太陽が隠れていた朝は、戸の外で笑い声を立てる側に回っていい。

関連する項目
月・星・赤・黒・白・金色・鏡・雨・虹・狐・カラス・馬・海・山・妊娠・結婚・葬式・神様・神社
今日の一枚
大アルカナから一枚。
