富士山

富士山は、日本でいちばん高く、火と水をあわせもつ女神の山として読まれてきた。晴れた日には遠くの町からもその姿が見え、見えたこと自体が喜ばれてきた。夢の富士山は、いま自分が仰いでいる大きな望みの姿で、初夢の「一富士二鷹三茄子」の筆頭に数えられる吉夢。山頂には、花のように美しく、燃える産屋の中で子を産んだ木花之佐久夜毘売が祀られている。
富士山の夢
富士山の夢は、夢占いでは大吉夢とされる。表しているのは、高い目標、願いの成就、名誉、そして自分を見守る大きな力。ほかの山の夢が「これから越えていくもの」を映すなら、富士山の夢はそこに、「その望みは本物だ」という太鼓判が加わる。
読み分けの鍵は、富士山がどれだけくっきり、どれだけ近くに見えたか。青空に全身を見せていたなら、望みの形がはっきりしている。近く大きく見えたほど、運気の上がり幅も大きい。もうひとつは自分と富士山の関わり方で、眺めていたか、登っていたか、頂に立っていたか。
富士山を眺める夢・青空の富士山の夢
晴れた空にそびえる富士山を眺める夢は、富士山の夢のなかでもいちばん素直な吉夢。仕事にも恋愛にも運が開けてくる。裾野まで見えていたなら、目標までの道のりも見えている。写真を撮っていたなら、その幸運を自分の手の中に留めておきたい気持ちの表れで、実際に形として残るものが手に入る。
大きな富士山・近くに見える富士山の夢
目の前に迫るほど大きな富士山は、運気が大きく満ちている夢。願いが手の届くところまで来ている。恋愛なら、気持ちがまっすぐ相手に届く時期。見上げて圧倒されたなら、その望みの大きさに、まだ自分が追いついていないだけ。
富士山に登る夢
高い目標に向かって、こつこつと力を積んでいる夢。一合目から五合目、八合目と登っていくように、努力は段を追って形になる。苦しくても足を止めずに登っていたなら、その目標には届く。誰かと登っていたなら、その人とは同じ頂を見ていける。
富士山の山頂に立つ夢・御来光を見る夢
頂上に着く夢は、長く抱いてきた願いが叶う夢。山頂で朝日が昇るのを見ていたなら、ひとつを成し遂げたところから、次の始まりが開けている。雲海の上に立っていたなら、それまで悩んでいたことを上から見下ろせる落ち着きが来ている。
雪をかぶった富士山の夢
白い雪をいただいた富士山は、心と運気が清められていく吉夢。悪い流れが断ち切られ、澄んだ気持ちで次へ向かえる。→ 白、雪
赤富士の夢
朝日に赤く染まった富士山の夢は、吉夢のなかでも特に喜ばれる。赤は勢いと生命力の色で、運気が燃え立つように上っていく。商売や仕事の繁盛の夢でもある(下の「現実で富士山に出会ったとき」)。→ 赤
富士山が二つある夢・逆さ富士の夢
空に富士山が二つ並ぶ夢は、心が二つの望みのあいだで揺れている夢。湖に富士山が映る逆さ富士の夢なら、望みが自分の心にもそのまま映っている、ぶれのない時期。水面が静かなほど、気持ちも静か。→ 水
富士山が噴火する夢
吉夢のはずの富士山が噴火する夢は、見た人を不安にさせる。けれど夢占いでは、凶夢ではなく、抑えていた力が一気に動き出す夢とされる。ため込んでいた思いや才能が外へ出る。噴き上がる炎を見て気持ちが高ぶっていたなら、その勢いに乗っていい。逃げていたなら、動き出す変化の大きさに、まだ身構えている。その身構えは、逃げ切った夢の終わりとともにほどけていく。
雲に隠れた富士山の夢
雲や霧で頂が見えない富士山は、望みがあるのに、いまは見通しが立たない時期。ただ、隠れていても山はそこにある。雲が晴れていく夢に変わったなら、見通しも開ける。
初夢の富士山
初夢に富士山を見たなら、その年は無事に、望みが高く成っていく年。→ 下の「一富士二鷹三茄子」、宝くじ
現実で富士山に出会ったとき
- 富士山がくっきり見えた日:スピリチュアルでは、旅の途中や飛行機の窓から富士山が見えたのは、山に歓迎されている吉兆として受け取られる
- 赤富士:晩夏から初秋の晴れた早朝、朝日を受けて山肌が赤く染まる。葛飾北斎『冨嶽三十六景』の「凱風快晴」に描かれた姿で、めったに見られないことから縁起物とされ、商売繁盛の願いを込めて赤富士の絵を飾る家も多い
- 笠雲:頂に笠のような雲がかかる姿。麓では「富士山が笠をかぶれば近いうちに雨」と言い伝えてきた。珍しい姿を見られたこと自体を吉兆とする人もいて、雨の知らせと吉兆、両方の顔を持つ雲
- 逆さ富士:湖の水面に、富士山が逆さまに映る姿。風が止んで水面が静まったときにしか映らない。富士が二つになる姿として、縁起のいい写真に選ばれる
- ダイヤモンド富士・パール富士:富士山の頂に、昇る日や沈む日がぴたりと重なって輝くのがダイヤモンド富士。満月が重なるのがパール富士。見える日は場所ごとに違い、パール富士は満月と重なる日に限られるので、なお珍しい。→ 太陽、月
- 富士山の待ち受け:スピリチュアルでは、富士山の写真をスマートフォンの待ち受けにすると運気や金運が上がる、とされている
日本の縁起
- 一富士二鷹三茄子:初夢に見ると縁起がいいものの順。由来には諸説ある。駿河の国の名物を並べたという説、徳川家康が好んだものという説、富士は「無事」、鷹は「高い」、茄子は「成す」に通じるという説。続きに「四扇五煙草六座頭」がある。→ 鳥、宝くじ
- 木花之佐久夜毘売と浅間神社:『古事記』で、邇邇芸命は、花のように美しい木花之佐久夜毘売を妻に選び、岩のように長く続く命を表す姉の石長比売を送り返した。一夜で身ごもった姫は疑われ、「天の神の子なら無事に生まれる」と、産屋に火を放って、その炎の中で三柱の子を産んだ。静岡県富士宮市の富士山本宮浅間大社は、この姫を祀る全国の浅間神社の総本宮。社伝では、噴火で荒れた世を鎮めるために浅間大神を祀ったのが始まりとされる。富士山の八合目から上は浅間大社の境内で、山頂に奥宮がある。本宮の境内には、富士の雪解け水が湧く湧玉池がある。火の中で子を産んだ女神が、水を湧かせる山に祀られている。→ 神社、出産
- 富士講と富士塚:戦国時代から江戸時代の初めに、長谷川角行が富士山麓の人穴で修行し、富士を拝む信仰を説いた。享保18年(1733年)、その流れをくむ食行身禄が、世の人を救いたいと願って烏帽子岩で断食し、そのまま入定する。これを機に江戸で富士講が広まり、「江戸八百八講、講中八万人」と言われた。富士へ登れない人のために、土や石を盛って富士山の神を祀る富士塚が町の中に築かれ、そこに登ると本物の富士に登ったのと同じご利益があるとされた。→ 山
- かぐや姫と不死の山:『竹取物語』で、帝は、かぐや姫が残した不死の薬を、天にいちばん近い駿河の山の頂で焼かせた。物語は、兵士をたくさん連れて山へ登ったことから「ふじの山」と名付けた、と結び、薬を焼いた煙はいまも雲の中へ立ち上っている、と言い伝える。「不死」の山として読む人も多い。→ 月
- 三保の松原の羽衣:能「羽衣」では、漁師の白竜が、松に掛かった天女の羽衣を見つける。衣がなければ天へ帰れないと嘆く天女に、白竜は、天の舞を見せるなら返そうと言う。衣がなければ舞えないから先に返してほしいと天女が頼むと、白竜は、返したら舞わずに帰ってしまうだろうと疑う。天女は「疑いは人の世にあるもので、天に偽りはない」と答え、衣をまとって舞い、国に宝をもたらすと、富士の高嶺を越えて霞の中へ消えていく
タロットの富士山
ウェイト版に富士山そのものが描かれた札はない。読みの重なる札を挙げる。
- 節制:天使が二つの杯のあいだで水を注ぎ移し、片足を水に浸している。その脇から一本の道が地平の高みへと登り、ウェイトは「その上に大いなる光があり、光の中に冠がかすかに見える」と書いた。富士山に登る夢、山頂で御来光を見る夢の札。急がず、配分を整えながら登る道
- 恋人:天使の祝福を受ける男女の後ろ、二人のあいだに高い山がそびえる。富士山を誰かと並んで眺めていた夢、恋愛の運として富士山の夢を見た朝の札
- 隠者・愚者:山の頂と崖の縁の札。→ 山
世界の象徴としての富士山
- 信仰の対象と芸術の源泉:富士山は2013年、この名で世界文化遺産に登録された。登る山、拝む山であると同時に、描かれ、歌われてきた山として
- 北斎の富士:『冨嶽三十六景』は、さまざまな場所から見た富士を描いた連作。大波の向こうに小さな富士がのぞく「神奈川沖浪裏」は海を渡り、日本の絵を代表する一枚として世界で知られている。→ 海
『竹取物語』の結びでは、不死の薬を焼いた煙が、いまも雲の中へ立ち上っている、と言い伝えられる。夢で見上げた富士山の頂に雲がかかっていたなら、それも、あの煙の続きとして見ていい。

関連する項目
山・宝くじ・鳥・月・太陽・白・雪・赤・水・海・神社・神様・出産
今日の一枚
大アルカナから一枚。
